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「万慶」 

万の慶びあれ。南锣鼓巷にある万慶質屋 
1940年代の遺構より。
# by mayumayu_tokyo | 2012-01-03 18:51 | memo
# by mayumayu_tokyo | 2011-11-27 16:44 | memo
# by mayumayu_tokyo | 2011-11-27 16:41 | memo
# by mayumayu_tokyo | 2011-11-27 00:42 | memo
# by mayumayu_tokyo | 2011-11-27 00:39 | memo
# by mayumayu_tokyo | 2011-11-27 00:38 | memo
# by mayumayu_tokyo | 2011-11-20 22:26 | memo
# by mayumayu_tokyo | 2011-11-20 22:16 | おしらせ
# by mayumayu_tokyo | 2011-11-20 22:12 | おしらせ
この9月(2011年)から北京に戻ってきました。
久しぶりに「living at studio」
(これは知る人ぞ知る私のケータイアドレスの一部)になったかんじです。



# by mayumayu_tokyo | 2011-11-20 22:04 | おしらせ
L'aéroport de Paris-Charles-de-Gaulleでみることができます。
世界中のさまざまな地域からそれぞれの国のイメージをかたちにした旗が並びます。





眞白でなく眞黒でなく 混濁した曖昧な灰色の層。
# by mayumayu_tokyo | 2011-10-31 12:50 | おしらせ
祈りのツリーproject 日本ユニセフ協会




「切れていない、つながっている」繁栄の吉祥紋 唐草文様を四つ葉でアレンジ。


ひとつは被災地へ、もうひとつは銀座へ、あとひとつはオークションへ。
# by mayumayu_tokyo | 2011-10-31 12:34 | おしらせ
作品らしい形になった作品をつくらなくなって5~6年になる。

つくっていない理由やいいわけはたくさんある。きっと。

自分にとって作品ってどんなの、か考える。

いろいろ想いを巡らすと、いくつかイメージが浮かぶ。

13年前にチベット密教の寺院。

葉っぱを燃やして祈りを煙に、天に飛ばす。

煙のようなもの。

日本でも見られる。

御線香の煙のような。

煙。ふっと消える。煙。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

以下 柏の枝を燃やす習慣より。

柏の枝を線香の替わりに燃やす習慣がチベット人の重要習慣です。

チベット人が住んでいるなら、必ず柏の枝を燃やすカマドが建立されています。

お祭りの日に限るではなく、仏様に願いするなら、いつでも柏の枝を燃やします。

チベット仏教教義によると、人間が住んでいるところに皆垢や不浄とかがあります、

諸神にお願いする前、まず柏の枝を燃やして、垢や不浄を追い払わないといけないそうです。

柏の枝を燃やしたら、垢や不浄や魔鬼などが全て無くなるそうです。

発祥:

昔チベット原住民の考えでは、柏の枝を燃やしたら、その煙が諸神が住む天国まで登っていけるそうです。

柏の煙の香りが好きな諸神がその煙の香りを嗅んだら、嬉しくなり、人間世界の人々を守ってくれるそうです。

紀元7世紀、仏教がチベットに伝わってきて、

仏教を宣伝するために、チベットの民間のこの習慣を取り入れて、仏教参拝の一つの方法にしました。

仏教の発展に伴い、柏の枝を燃やす習慣がチベット高原でより一層普及し、やがてチベット人の共同習慣になりました。

現在のチベット人がカマドで柏の枝を燃やすとき、
まず柏の枝に火を付けて、次にツァンバ、お茶 、裸麦、飴、黒砂糖などを撒きます。


# by mayumayu_tokyo | 2011-07-15 00:00
iPad2に岡本かの子と梶井基次郎と折口信夫をまとめてDL!
のんびり珈琲飲みながら。。
# by mayumayu_tokyo | 2011-05-18 14:42 | memo
2011.5.14-15
カカワクワディーゴ第10回公演『ルーディ』














ルーディに登場した作品は舞台の為につくったのではなく、先に作品はつくってあって、これをいつか人と絡めて動く彫刻にしたいな~って言っていたら優秀な教え子が実現してくれたという。。エイコさんほんと感動しましたっ初期にやりとりしたスケッチ通りの瞬間があったりして。
# by mayumayu_tokyo | 2011-05-16 20:02 | おしらせ
2011年3月11日の地震津波原発事故の日からみなさんいかがお過ごしでしょうか。
東京に暮らす私には3歳の娘がおり、当日は交通機関のマヒのために3時間走って保育園まで迎えに行きました。
その後は「計画」停電のこと、水道水のことなど、地震、津波ではなく、原発事故の推移に右往左往する毎日でした。
都知事選もあり、原発をどう考えるか、これまで毎日の暮らしで考えることを後回しにしてきた、情報収集する機会がなかなかなかった部分が暮らしより前にでてきた、そんな時間だったように思います。

反原発に否定的な意見の中に「原発でつくった電気を使って生活しておいて、、」というような意見がありました。これに関してココでの議論は割愛しますが、産まれた時には原発があり、その地域で暮らせば、そこの電力会社の売る電気を買って生活するのが当たり前な中で確かに原子力発電所は危険なのか、今回の事故がどうして起きたのか、地震の後、何が起こって今こうなっているのか、あまりに知らずに暮らしてきたのも確かです。
ただ、私も含め、普通に暮らしている人は日本の中にある原発の成り立ちや仕組み、脆弱性など、一部の研究者や国家の中枢にいるひとたちによって「知らなくてもいいこと」として扱われてきた情報と接することなく意図的に「無知」な状況に置かれていた部分もあるのではないかと思ったりします。

私は科学にはとても興味があるのですが、「聖域」のような雰囲気に素人として専門家の人になにをどう訊いていいやらわからないことだらけです。
けれど、「知らなかった」が許されない事態となった時、研究者にももっと伝える努力、専門家でない人にも解るプレゼンテーションを求めていこう、と思いました。

原子力発電所の事故より前にもノーベル賞を受賞した研究の内容を報道が全くうまく伝えられなかったということがありました。
なにが新しくて素晴らしい発見なのか解らず、ただ、受賞した、ということしか専門外の人には伝わっていなかったのです。

私はこれまでアートやデザインの世界で仕事をしてきました。
アートの分野からは3.11以降、チャリティーやボランティアの動きがありました。
私自身はアートやデザインはチャリティーやボランティア以外にも社会に役立つことがあるのではないかと考えてました。そして、そのうちのひとつとして挙げられるのが science meets design かなあ、と。

専門家でない人に伝えることが面倒だし、苦手、だし、なんか意味があるの?という研究者と「伝える」のプロ、デザイナーが協働でこどもでもわかる、受験生でもわかる、高校野球の女子マネージャーでもわかる、ネイルアートが好きな女子大生でもわかる、居酒屋バイトでもわかる、交通整理のおじさんでもわかる、電車の運転手でもわかる、バスガイドでもわかる、保険の外交員でもわかる、パティシエでもわかる、ソムリエでもわかる、マラソンランナーでもわかる・・・「科学」。科学を学閥から開放しよう、というそんなイメージが湧いてきました。

先日、それを、別件で会うことになっていた某社の方々とブレストしました。
私一人の妄想でなく、いろんな方の冷静な意見でブラッシュアップした上で研究者やデザイナーの意見も訊いてみたいなあ、と思っています。

現在、日本でもサイエンスコミュニケーションやサイエンスエデュケーションという分野で活動している方がおられます。
(サイエンスコミュニケーションとは;BSE問題(狂牛病問題)を発端に、一般市民が「騙されているのでは?」と科学に対して不信感を持ちだしたのがきっかけで1990年代にヨーロッパ諸国で発達したと言われている分野です)

専門家と一般市民の双方向のやりとりに、デザイナーができること、たくさんあるように思います。

これからの展開も随時お知らせしていこうと思います。
研究者のみなさん、デザイナーのみなさんのご意見もお寄せください。
# by mayumayu_tokyo | 2011-04-18 23:55 | おしらせ
高齢者等が一人でも安心して暮らせるコミュニティーづくり推進会議
(「孤独死ゼロを目指して)報告書
平成20年3月

より。以下目次抜粋

2「孤立」問題とは何か
 (2)「孤立」した生活が一般化
  ア 単身高齢者や高齢者夫婦世帯の急増
  イ 都市部における高齢化の急速な進行
  ウ「孤立」した生活が標準モデルへー「孤立」した生活
  エ 長期化する一人暮らしー「孤独」な一人暮らし
  オ 都市型と町村型

3 「孤独死」予防型コミュニティーづくりへの提案
# by mayumayu_tokyo | 2011-02-18 22:56 | memo
yves béhar design studio ’fuseproject’

Puma
Clever Little Bag

HermanMiller
JAWBONE
IsseyMiyake
PACT underwear
One Laptop Per Child
Mission Motors
Swarovski
Verbien/Augen Optics

2011/02/13アクシスギャラリーにて。

デザイナーは短期間の契約で雇われるのではなく、
クライアントとパートナーシップを築き、長期的な仕事をすべき。
クライアント組織の決定機関にポジションする、株主になる、など。
自分たちの信念を繰り返し伝えることによって、クライアントから相談がある。など。。。

key words//
deliver more,not less
eco dematerialization
greener not green / design for good
a new business model for design / a new relationship with the world
bringing it all together
participation
360°design
# by mayumayu_tokyo | 2011-02-14 13:28 | memo
磯田先生と鎌倉をぶらぶらしておいしいもの食べる会も
なんだかんだで5年くらいになる!?
これまでの時間は誰にもまとめられることなく垂れ流してしまっていたことを反省し、
カトウさんにも促され、ブログにでもまとめていこうかと。

磯田塾 鎌倉

これまでいつどこに行ったか、記憶を頼りに次回の計画を立てていましたが、
これで検索すれば既に行ったところはでてくる。ことになる。にはこれまでの記録を入力せねば。
タハラさんお願いします~



# by mayumayu_tokyo | 2011-01-17 15:20 | おしらせ
なんのことはない
ココの背景を変えた。

10年程前にブログではなくBBSとかってサービスだった時代につかっていた背景と同じ。
やっと落ち着いた気分。
# by mayumayu_tokyo | 2011-01-17 12:15 | memo
メモのかわりにtweetした

アメリカ行って物理的に大きなアート見てくるとアートがいかに物理的環境に影響を受けるか痛感する。よくてもわるくても。やっぱり日本には四畳半の宇宙なのかなー

リチャード・セラなど、のことなのだけど。
広いと広い環境に見合うもの、つくりたくなる。
日本にいると、つくったあと、これどこに置いとくのかなー
もっかい分解して違う作品にするか、
みたいなことを考える。
いい作品つくっている彫刻家さんとかたくさんいるけど、
日本だと置き場所が。。。って。

広さX作品の大きさ、素材等

だけでなく、

時代X作品の内容

なども環境依存的なものかと。
「依存」というのは「寄生」とは異なる。
主体の意思に関わらず主体の周りの状態から受ける影響のこととしてみる。


ex) 大辞泉
1.い‐そん【依存】
[名](スル)《「いぞん」とも》他に頼って存在、または生活すること。「会の運営を寄付金に―する」「―心」
2.いそん‐かんけい【依存関係】
1 ある人・物と他の人・物とが、互いに頼り合う間柄であること。2 論理学で、ある事物の存在・状態・価値などが、他の事物によって規定され、制約される関係。原因に対する結果、目的に対する手段、理由に対する ...


産まれた時が違えば、戦争で死なないで済んだし、
産まれた国が違えば、赤ちゃんの時に餓死せずに済んだ。

今は就職が難しいらしい。
私は超氷河期世代なので、今にはじまったことではないのになあ、と静観してしまう。
大学で教員していた時は、
出来の悪いゼミ生も就職が簡単にできた年の翌年、
とても優秀なゼミ生が就職困難だったりした。
馬鹿らしいと思う。
(当然のことだが就職ができた、できないは人間の質の良、不良には全く関係がない。)

うまくいかないことを時代のせいにはしたくない、と思う。
じゃあ、
未来の自分が振り返って、
うまくいったのは時代のおかげだなあ、と思えるような思考と選択を繰りかえせばいい。
就職できなかったから海外にいったら自分にしかできない仕事が見つかったとか。
病気して2年休学したので景気がよい時に卒業就職できた、とか。
もっとおもしろい例がすぐ思い浮かべばいいのだけど。

言い訳も方便か。。
# by mayumayu_tokyo | 2011-01-08 15:06 | memo
twitter ↓のにしむらアカウントです。
http://twitter.com/mayumayu_japan
このブログの←にも表示してありますが、
このシステムを覚書のようなメモでもあり、
スクラップブックでもあり、といった感じで利用しています。
新聞や雑誌などは切りぬこうと思ってついつい溜まってしまうというのがありますが、
twitterの場合は心配ないです。
しかも、リンクをたどっていくともちろん正誤の確認は必要ですが、
情報のフォローもされていて、助かります。

どんな道具でも「功罪」がありますが、
どちらにしても使い方次第だと思うところです。
# by mayumayu_tokyo | 2011-01-06 14:02 | memo
芝居小屋のアート装飾の依頼で、
プランA、イチオシで提案したのだけど、
B案になってしまった今も心残りの。
高校3年間同じクラスだった北野斉くん改め井上北斗くんの作品。
http://ameblo.jp/yoshinoyama/
↓送ってもらったラフ。


たしかに迫力ありすぎ、かも。しかしおもしろいのになー
どこかで実現しないかしらん。

北野くんは奈良吉野山を拠点の水墨画家さん。
浮世離れしていてすごいです。
修験者さんのようないでたちです。
# by mayumayu_tokyo | 2011-01-05 16:34 | memo
二枚目はオトコマエ。
三枚目はおもろい。

一枚目は?

江戸時代の歌舞伎小屋の前に八枚の役者絵看板が並んでいたことが語源のようです。
並ぶ順番は決まっていて

一枚目 主役系
二枚目 男前系
三枚目 お笑い系
四枚目 実力派大物系
五枚目 敵役系
六枚目 悪役系
七枚目 超悪役系
八枚目 座長

だったようです。
「二枚目」「三枚目」は言葉として生きてますけど
あとのが特に使われないのはどうしてかしらん。

しかし、五枚目~七枚目の悪役ランクは笑える。

まるで地獄絵
「等活地獄」「黒縄地獄」「衆合地獄」「叫喚地獄」「大叫喚地獄」
「焦熱地獄」「大焦熱地獄」「無間地獄(阿鼻地獄)」
の地獄の内容の違いのよう!

悪役の微妙な違いを描きわけるのが腕の見せ所!?
# by mayumayu_tokyo | 2011-01-05 16:04 | memo
僕の葬式で 三宅伸治

やっと会えたね 僕の葬式で
きみと会うのは ずいぶんひさしぶり
きみがきてくれるなんておもわなかった
こんなうれしいこと死んでからはじめて
横にいるのが きみのダンナかい?
うしろに隠れているのが きみの娘かい?
きみが歳をとったなんて 不思議なきもちさ
あのころのことは 死んでもわすれないよ
おー 泣いてくれてるの 僕のために
おー 僕の声はきこえないの

今きみがみてる写真は40歳の頃の僕
きみが知ってる頃の写真にしたかったけど
タツヤもミツオもみんな来てくれたんだよ
僕には友達がたくさんいたんだ

やっと会えたね 僕の葬式で
きみと会うのはもう何十年ぶり
そろそろむこうに失礼するけれど
ずっと空からきみをみているよ
さようなら 僕をひきとめてくれたひと
さようなら 僕をおもいだしてくれたひと
さようなら UUU~
さようなら UUU~ バイバイバイ
さようなら UUU~
さようなら UUU~ バイバイバイ
バイバイバイ
# by mayumayu_tokyo | 2011-01-05 15:05 | memo
旅にでると、朝まず宿の近くを散歩する。

どこの街も朝はやくは悪い人があまりいない。
お年寄りや犬や猫、屋台の食堂で朝ごはんを用意する若い夫婦。

# by mayumayu_tokyo | 2011-01-05 12:00 | memo
今日は会ったことのない人に手紙を書いた。
どういうひとか知らないのに書くのはなんだか不思議な気がする。

書いてみると、最近、文章らしい文章を書かないので、
ついつい前置きが長くなり、本題に入る前になかなかの量になってしまった。
続きを会って話せるといいなー

# by mayumayu_tokyo | 2011-01-04 23:41 | memo
40歳までに、と何人もの方からいただいた年賀状にいろいろ書かれていました。
私もココ1年は特に40までに、と自分を煽ったりしてみたり。

これまでの、を振り返る。
それからこれから、を想う。

不器用な奴。高倉健さんみたいな人だったらかっこいいんだけど。
ただのどんくささにしかならない。ザンネン。

暮らしの為のディレクション的仕事は
120%割り切って、お客様至上主義で進められるのだけど。

自分の仕事となると、先にコンセプトとか、テーマとか用意されちゃうと
とたんにつまらないものしかつくれない。
コンペ向きじゃないのよね、とこの歳だから言ってみる。。
自分の仕事、続けていくなら、自分にだけ正直につくらないとだめだわ。
それがたまたまニーズに合えば、よろしくお願いします、というかんじ。

死ぬまで続けられる仕事の環境を今つくらなければ、と思う。
つくって、片づけしている時にコロっと死ねたらすごい。
# by mayumayu_tokyo | 2011-01-04 09:34 | memo
内田樹さんが「日本辺境論」の終盤 日本語の特殊性はどこにあるか、に
難読症を抱えている人の人数はアメリカ、フランス>イタリア>日本だと書かれています。

「フランスでは非識字率が十%を超えており、「速読」ができない(一語ずつ読み上げることはできるけれど、読み終えたあとに何が書いてあったかを言うことができない)子どもが三十五%という統計が...」

関係あるのかないのかはっきりしないけれど、
日本語、中国語は読む前に文字が並んでいる様を眺めるだけでなんだか景色が見えてくる。
それに引き換えて英語のメイルや手紙、新聞などは、
文字だけが並んでいる様を眺めてもなんにもイメージが湧かない。
どっぷり英語の暮らしをしたことがないからだけではなくて、
言語の特殊性もあるのかなあ、と思ったりした。
英語の新聞なんか、とにかく写真にまず目が行っちゃう。

事務的な内容のやりとりだと英語の方がシンプルでわかりやすかったりする。
特にそれぞれが母国語が英語でない人(ESL/EFL)とのやりとりは
誤解が少なくて便利な気がする。
# by mayumayu_tokyo | 2011-01-04 09:13 | memo
どこかのだれかであると
自由な発言って難しいのだと
どこかのだれかになってはじめて気がつく。

ひさしぶりにどこかのだれかでなくなって
はじめて自分の言葉で思ったことが言える気がする。



磯田先生と勝手にコラボ作品。
# by mayumayu_tokyo | 2011-01-04 02:30 | 製品