2011年3月11日の地震津波原発事故の日からみなさんいかがお過ごしでしょうか。
東京に暮らす私には3歳の娘がおり、当日は交通機関のマヒのために3時間走って保育園まで迎えに行きました。
その後は「計画」停電のこと、水道水のことなど、地震、津波ではなく、原発事故の推移に右往左往する毎日でした。
都知事選もあり、原発をどう考えるか、これまで毎日の暮らしで考えることを後回しにしてきた、情報収集する機会がなかなかなかった部分が暮らしより前にでてきた、そんな時間だったように思います。
反原発に否定的な意見の中に「原発でつくった電気を使って生活しておいて、、」というような意見がありました。これに関してココでの議論は割愛しますが、産まれた時には原発があり、その地域で暮らせば、そこの電力会社の売る電気を買って生活するのが当たり前な中で確かに原子力発電所は危険なのか、今回の事故がどうして起きたのか、地震の後、何が起こって今こうなっているのか、あまりに知らずに暮らしてきたのも確かです。
ただ、私も含め、普通に暮らしている人は日本の中にある原発の成り立ちや仕組み、脆弱性など、一部の研究者や国家の中枢にいるひとたちによって「知らなくてもいいこと」として扱われてきた情報と接することなく意図的に「無知」な状況に置かれていた部分もあるのではないかと思ったりします。
私は科学にはとても興味があるのですが、「聖域」のような雰囲気に素人として専門家の人になにをどう訊いていいやらわからないことだらけです。
けれど、「知らなかった」が許されない事態となった時、研究者にももっと伝える努力、専門家でない人にも解るプレゼンテーションを求めていこう、と思いました。
原子力発電所の事故より前にもノーベル賞を受賞した研究の内容を報道が全くうまく伝えられなかったということがありました。
なにが新しくて素晴らしい発見なのか解らず、ただ、受賞した、ということしか専門外の人には伝わっていなかったのです。
私はこれまでアートやデザインの世界で仕事をしてきました。
アートの分野からは3.11以降、チャリティーやボランティアの動きがありました。
私自身はアートやデザインはチャリティーやボランティア以外にも社会に役立つことがあるのではないかと考えてました。そして、そのうちのひとつとして挙げられるのが science meets design かなあ、と。
専門家でない人に伝えることが面倒だし、苦手、だし、なんか意味があるの?という研究者と「伝える」のプロ、デザイナーが協働でこどもでもわかる、受験生でもわかる、高校野球の女子マネージャーでもわかる、ネイルアートが好きな女子大生でもわかる、居酒屋バイトでもわかる、交通整理のおじさんでもわかる、電車の運転手でもわかる、バスガイドでもわかる、保険の外交員でもわかる、パティシエでもわかる、ソムリエでもわかる、マラソンランナーでもわかる・・・「科学」。科学を学閥から開放しよう、というそんなイメージが湧いてきました。
先日、それを、別件で会うことになっていた某社の方々とブレストしました。
私一人の妄想でなく、いろんな方の冷静な意見でブラッシュアップした上で研究者やデザイナーの意見も訊いてみたいなあ、と思っています。
現在、日本でもサイエンスコミュニケーションやサイエンスエデュケーションという分野で活動している方がおられます。
(サイエンスコミュニケーションとは;BSE問題(狂牛病問題)を発端に、一般市民が「騙されているのでは?」と科学に対して不信感を持ちだしたのがきっかけで1990年代にヨーロッパ諸国で発達したと言われている分野です)
専門家と一般市民の双方向のやりとりに、デザイナーができること、たくさんあるように思います。
これからの展開も随時お知らせしていこうと思います。
研究者のみなさん、デザイナーのみなさんのご意見もお寄せください。